ヒヤリングのポイントって?

後任教育シリーズ(?)、第3弾。
新人君の難関のひとつが社内依頼者にヒヤリングをすること、そしてそのヒヤリングに基づき具体的なビジネスをイメージすることにあるようです。契約書をレビューするにしても新規ビジネスの法令抵触性について判断するにしても、実際に行うビジネスを理解し、実ビジネスに沿ったアドバイスをすることが法務としての役割。
法務スタッフ、ロースクールや法学部で学んだ後に入社する人が多いのではないかと思うのですが(自分も含め)、長く机上にて勉強をしていると事実関係を詳細に確認しないままに作業に入ってしまいがち。最初のズレの角度が大きいと 成果物としての契約書と実ビジネスに大きな乖離が発生します。慣れてくると依頼者からのヒヤリングに多くの時間を割かなくてもそれなりの契約書はできてしまうわけですが、後任者に初動ヒヤリングの指導をしていく中で、やはり初動の事実確認の重要性をあらためて考えさせられました。

さて、各事業部からの依頼は主にメールにて届きます。詳細を記載してくれるケースからファイルだけが添付されていて、「じゃ、よろしくね〜♪」なケースまで様々。後者の方を「マルナゲドン」と呼ばせていただいておりましたが、10年の社内活動が実ってか最近はマルナゲドンは現れなくなりました。
メールを受領し依頼案件に着手する際には少なくとも以下のステップを経ることにしています。

ヒヤリング前準備

■1. 周辺情報を事前に確認する。

  • (1) 相手方企業情報の調査:HP確認、企業調査書確認等
  • (2) 社内過去情報の調査:過去に締結した契約内容・状況の確認
  • (3) 依頼部署の状況:製品やサービスの状況をイントラやHP等で確認


■2. 依頼者のニーズを確認/想像する。
依頼メールから、リスクの指摘のみなのか、契約書修正案の早期提示なのか、うまい反論の言い回しの提示なのか云々。


■3. 仮説を立てる:事業部門の狙いとリスクの抽出

  • (1)狙い:メールにずばり書いてくれる人もいますが、まだまだ少数派。この契約の締結の先に何を狙っているのか。今回は赤字ビジネスだとしでも将来に向けた販路拡大ということもあり、マクロ観点を外さないようにすることが大事かと。
  • (2)リスク:リスクの定義がイマイチですが、最近は“(1)の狙いを阻害するもの・邪魔するもの”を考えるようにしています。いくつかあげられますが、メインリスク3点に絞ってみる。
  • (3)図解:取引の相関図やビジネススキーム図を想像の範囲で図解します。図=要約ですもんね。(4)の疑問点もここに集約。
  • (4)疑問点の抽出:とはいえ、メールと契約書ファイルだけでは不明な内容が山とあるので、1つでも多くの「?」を準備し、それをカテゴライズすること。できれば「?」に対し自分なりの考えを準備する。

ヒヤリング

…で、ここでようやくヒヤリングとなるわけですが、経験によって■1〜3に要する時間には大差があります。慣れていないと■3.が難しいようです。それでもヒヤリング前にばかり時間をかけていては回答はいつになるやらなので、何でもいいからたくさんの「?」を抽出して、依頼者を訪ねます*1

■4. 事実確認と仮説を検証する:依頼者からのヒヤリング
メモやPCを片手に「さ〜て、法務が聞きにきましたよ。」となると構えてしまう方も多いので、事前に準備したラフな図解をもとにちょっと教えてくださいという感じにてヒヤリング開始。

私の場合、図解必須

図解の際、以下の点を外さないようにしています。

  • (1)登場人物:依頼者は直近の相手方しか見えていないこともあるので、「再委託先はありますか?」「この情報はどこまで出ていきますか?」「直接の販売先のその先は?」などと聞いて、意識しない登場人物を浮き彫りにしていきます。
  • (2)取引要素:ヒト・モノ・カネはもちろん、情報・サービス・権利の流れを細かく聞いていきます。特に情報は要注意で、開示先と自社にNDAがあれば開示元の許諾なくして開示してもよいと誤解している新任担当者がいたりするので(^_^;)
  • (3)5W2H:取引の基本ですが“いつ、どこで、誰が、誰に対し、何を、どのように、いくらで”は当然おさえます。基本契約締結の場合、契約書には詳細条件は記載されないがために、このあたりを意外と落としてしまいがち。ビジネスのボリュームによって当然リスクは変わります。


図解に関する参考本はこちら。図解については奥が深そうなので、またあらためてみたいところですが。

図解主義!

図解主義!


ただ、複雑そうな案件の場合、mtg.テーブルにA3の用紙を置き、話を聞きながら図を作成していきます。最初にそれなりの図があると何となくビジネスとしてまとまっているような印象を受けるのですが、時系列に沿って目の前で一から記載していくと「あ、実際にはそこは違うんです。」という突っ込みが入ります。“違っていたら突っ込んでくださいね”オーラを出しながら太いサインペンでガリガリと図を書いていきます。
図の中でトラブルの発生しそうな箇所には大きく「!」を記載し、まだ条件が詰まっていないような箇所には「?」を聞記載しておきます。これによって全体のどこがビジネスのアキレス腱になるのか、今後交渉で詰めなくてはいけない箇所なのかを可視化して、依頼者と共有できます。
目の前で図を書いていくこと、ある意味事業部門の若手への教育の一環でもあります。法務の頭の中を疑似体験してもらうというか。一緒に図解する作業を何度か繰り返すと、スキーム図つきで依頼メールが届くこともあり、こうなると法務側でのビジネスの理解も早くなりますよね。

個人的な工夫
  • つぶやく。

依頼者自身にリスクに共感してもらうために、上述の「!」や「?」の箇所では「ここ、●●なトラブル起きないかなぁ?」「これまでに●●なトラブルなかったかなぁ…」などあえてつぶやくようにしています。「そこは、こうやって回避するつもりです。」「あぁ、そう言われると以前にも類似のケースがありました。何か手を打っておかないと。」という台詞が依頼者から飛び出せば、契約書に落とし込む作業もスムーズです。
これは弁護士との会議の際に「…はどうですかね?」「う〜ん、その判例はそのケースでは…」などとパートナーとアソシエイトがつぶやき合っていたことがヒントになっています。会議中の弁護士間のつぶやきで弁護士がどういう構成で問題解決しようか、どこにポイントを置いているかがわかり、会社側から追加情報提供ができるケースがよくあるからです。

  • 動画でイメージ!

複雑なサービスや業務委託の場合、契約書やサービス仕様書に手順を落とし込んでいく場合がありますが、このあたり、どこにどんなリスクが潜んでいるかを想像するために流れを動画でイメージするようにしています。
サービスマンがエンドユーザー宅に向かいました。チャイムを押して名前を名乗り…(「ん?ここで何と名乗るんだろう?委託先名義? 当社名義? 名刺は? 不在の場合はどうするんだろう?」)といった感じで。
私自身がPC前で手を動かさずに黙って下を向いているときはたいていこの作業中なのですが、普通はどうしているんでしょう?


■5. 仮説とヒヤリング結果を照合する
想定していたビジネスの狙いやリスク、ビジネスフローなどとヒヤリングの結果を照合し、整理します。最近は図1枚にすべて書き込んでスキャンして依頼者・法務にてPDFファイルとして共有。Excelパワポで作成するよりも断然スピーディ!





うまく事実関係を抽出し、整理できた場合にはその後の成果物作成もスムーズです。ヒヤリング前に十分に周辺調査・自分で想像するという事前準備を行い、ヒヤリング中に法務の頭の中を疑似体験していただいてリアルなリスクを浮き彫りにするということができたらいいなと思っています。ヒヤリング時点でリスクの共感までこぎつけられると、作り上げた契約書を依頼者に送付したときに細かすぎると嫌悪されることも減りますし、契約書に基づいて担当者自身が相手方に説明することもスムーズのようです。


考えてみると、私自身はこの初動の担当者からのヒヤリングが好きなのかもしれません。純粋に新しいビジネスの話を担当者から聞けるので。個人的な興味で「どんな製品ですか?いくらですか? 発売されたら私も買おうかな〜。」などとウキウキ聞くことが実はヒヤリングの1番のポイントだったりして。

*1:妊娠中は安静指示が出ていたため、申し訳ないと思いつつも法務フロアに来てもらってヒヤリングをしていたのですが、通常は必ず足を運ぶことにしています。新人君は特に顔を売って、いつか指名仕事をとれるようにと。